アブナイ恋の捜査室 ノベル

-1日執事編- プロローグ

「ただいま戻りましたー」
私が捜査室へ戻ってくると、さっそく室長が機嫌よく近付いてくる。
「櫻井、聞いたわよ。お手柄だったわね!」
「えっ、翼ちゃん、また犯人を逮捕したの?」
冷蔵庫の前で麦茶を注いでいた如月さんが驚いた顔で振り返る。
「実は偶然、指名手配中の連続食い逃げ犯と電車で隣になっちゃいまして……似てるなあと思って、職務質問したらビンゴでした」
「相変わらず、コイツの犯人遭遇率はすごい」
「ホンマや。普通、なかなか犯人と隣あわせなんかにならんのに」
いっしょに帰ってきた明智さんと藤守さんが苦笑している。
「しかし、データベース上にあるほとんどすべての指名手配犯の顔と名前を記憶しているのはすごい。人間の顔は写真と実物に差異があるのに、たいしたものだ」
小笠原さんがここまでほめてくれるのは珍しいので、ちょっとこそばゆい。
「あ、いえ、あの、みなさんに比べると、私が逮捕しているのは食い逃げ犯とか落書き犯とか小さい犯罪ばっかりなんで、ぜんぜん威張れないと思います」
「食い逃げや落書きも、立派な犯罪でしょ」
室長が私の頭をファイルでポンと叩きながら言った。

「そういえば、あの食い逃げ犯、趣味は執事喫茶に通うことで、そこが唯一食い逃げしてない店なんだって?」
藤守さんが首をかしげて如月さんに問いかける。
「如月、ヒツジ喫茶って何?」
「知らないんですか? 執事喫茶というのはですね、執事がお迎えしてくれる喫茶ですよ」
「ヒツジがメーメー言って集まってるんか? 猫カフェの次はヒツジが来るとはのー」
「違いますよ、し、つ、じ!」
如月さんがしっかり口を開いて発音する。
「ちょっとボケただけやん! そんなに怒らんでもええやん!」
「執事喫茶とは、執事に扮した店員がお嬢様にお茶を出すという様式で、ティーサービスをしてくれるカフェのこと」
小笠原さんがインターネットの検索結果を読み上げる。
「如月、執事喫茶とはまさか、新手のホストクラブ……!?」
「藤守さ~ん~。風俗じゃないですよ。何言ってんスか? 全国の乙女に殴られますよ? 営業内容的には普通のカフェです」
「さっさとネットでググれば? 執事喫茶、でたくさんヒットするでしょ」
「はいはい、今、検索しますよ。小笠原はいつもググれーググれー言うな。明智さん、どない思わはります? このインターネット偏重主義を」
「一時期、ブームになったよな。ケーキと紅茶自体はクオリティが高いと聞いているが……」
明智さんは違う方向に興味がいっているようだ。
「でも、楽しそうですよね。お嬢様、とか言われながらお茶を淹れてもらえるのは」
その私の発言に明智さんが顔をあげる。
「俺はいつもみんなに紅茶を淹れているんだが……」
すると、すかさず如月さんが(よせばいいのに)ツッコんだ。
「明智さんの場合、お盆に全員分のマグカップを乗っけて配布でしょ? 執事とは違いますよね。どっちかというと、お母さん的な……」
「藤守」
明智さんが藤守さんに目配せをする。
すると、隣の席に座っている藤守さんが代理としてファイルで如月さんを叩いた。
「イタ!明智さん、代理まで使って殴らないでくださいよ!」
「俺は主婦になった覚えは無い」
「あ、分かった。執事喫茶って、これか」
藤守さんがパソコンの画面を指差した。
「うわあ、素敵なカフェですね」
私も画面をのぞきこみ、ため息をついた。
「パッションフルーツのムース、バニラのスフレ……それにカップも可愛い……」
「なんや、お前。もしかして、執事喫茶に行きたいの?」
「はい。一度、行ってみたいです。可愛いワンピースを着て、お皿いっぱいのいろんなスイーツを食べて、可愛いぬいぐるみに囲まれて、可愛いカップで紅茶を飲んで……白い手袋をした執事の人に、『お嬢様』って呼ばれて、それで、それで……」
思わずそう言ってしまってから、捜査室中が水を打ったように静まり返り、全員が奇異なものを見るような目で私を凝視していることに気付いた。
「す、すみません……! 妄想でした!」
慌てて自分の顔を手で覆う。
恥ずかしくて恥ずかしくて、顔から火が出そう。
「……びっくりした……」
藤守さんがぽかんとした顔で私を見つめる。
「すみません! ホントすみません!」
明智さんと如月さんも完全にあきれ顔。
「今、完全に妄想の世界にトリップしてたな。もう帰ってこないかと思った」
「翼ちゃんって、普段、あんまりそういうこと言わないから、興味ないのかと思ってたのに」
そんな中、藤守さんがすぐフォローに入ってくれる。
「いや、俺はええと思うで。女の子らしい夢やん。な、小笠原」
「少し驚いたけど、俺も別におかしくないと思う。それから、櫻井さんは単に美味しいケーキをたくさん食べたいだけの確率75%」
そのとき、扉が開き、小野瀬さんが入ってきた。
「こんばんは。みんな、揃ってる?」
「今日は夜食の出前をとりませんよ」
「小笠原くんは、俺がいつもいっしょに出前をとってもらいたくて、ここに来ていると思ってるの?」
「夜はだいたい、そうですよね」
「そういうこと言うと、お前にはやらないぞ。せっかく、極上スイーツを持って来たのに」
「極上スイーツ?」
私と明智さんが声を揃え、鋭く反応する。
「実は今日、お偉いさんが広尾の有名店から焼き菓子の詰め合わせを持ってきてくれたんだよ。で、捜査室の紅一点が今月の逮捕記録をまた更新したって聞いたから、さっそくお祝いに持って来た……というわけ」
「うわあ、おいしそう……」
私は小野瀬さんが見せてくれた箱の中身に一瞬で吸い寄せられる。
「よかったら、今日は俺が執事になって、お嬢様にお菓子をサーブしてあげるよ」
「ちょっと待て」
室長が小野瀬さんの肩をつかむ。
「お前、途中から来て、何をしれっと美味しいところだけ持ってこうとしてんだ?」
「は? 何の話だ?」
「だから、うちの娘がさっき……」
「ややや、何でも、何でもないですから!」
私は慌てて室長の声を遮った。
「し、仕事、仕事しましょう!」
私は無理やり、空気を仕事モードに入れ替える。
すると、彼らは何か言いたそうにしながらも、それぞれの仕事へ戻っていった。

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