アブナイ恋の捜査室 ノベル

-1日執事編- 明智誠臣

(ほっ。これでやっと、仕事に戻れる)
私が提出書類の記入を始めようと袖をめくった瞬間、如月さんが勢いよく手を挙げた。
「はい! 先生、はい!」
「はい、如月くん」
室長がボールペンで指す。
「彼女の逮捕記録更新を記念して、ここはひとつ、執事喫茶イン捜査室をやりませんか」
「えーっ、もういいですよ! その話!」
私は慌てた。
ちょっとうれしいかもしれないけど、先輩たちにそんなことはさせられない。
「却下。執事はこんなに大勢要らない」
明智さんがばっと顔をあげる。
「クジにすればいいじゃないですかー」
「そうね。如月にしては名案だわ。ま、安上がりな企画だし、それ、やりましょうか」
室長がいつになくワルノリしてきた。
「クジ、できたよ」
小笠原さんがコヨリをみんなに差し出す。
「小笠原、珍しく仕事が早いじゃない。……それにしても、コヨリって、懐かしいわね」
「赤いシルシがついていたら、当たり。誰から引く? 年の順なら小野瀬さんだけど」
「いつのまに俺も参加することになってんの? あと、ここは年の順じゃなくて、五十音順にしたら?」
小野瀬さんが渋い顔をする。
「じゃあ、明智さん。どうぞ」
「苗字が『あ』から始まると、出席番号が早くてロクなめにあわない」
「早く」
明智さんはしぶしぶクジを引く。
すると、そのコヨリの下には赤いシルシがあった。
「いきなりアタリだ」
「あら、順当な人選ね。つまらない」
室長の言葉に、明智さんがチラッと私を見る。
「あの、本当に別にいいんですよ? 執事なんておこがましいし」
私が慌てて手を振ると、彼は目を細めた。
「いや。やらせていただこう。さっき、主婦と言われた恨みもあるし」
「う、恨みですか?」
明智さんはサッと手を胸に当てて、お辞儀をする。
「本日は雑務の一切を私がお引き受け致します。何なりとお申し付けください」
「よ、よろしくお願いします」
(いいのかな~~職場の先輩を、いや、それ以前に自分の彼氏を執事にするなんて……)
「あなたがかしこまる必要はございません」
ふと何かに気付いたように私を見る。
「お嬢様とお呼びしたほうがよろしいですか?」
突然の申し出に絶句。
途端に他の人達がこらえきれないといったように、爆笑し始める。
如月さんなんて大きく手を叩いて、ひっくり返りそうになっている。
「明智さん天才!」
「ちょっと、明智。あんた本気で言ってんの?」
明智さんは室長を無表情に見る。
「室長、自分は最善を尽くしています」
その答えに室長達がさらに笑う。
ただし、小笠原さんだけがまったく笑っていない。
「正しい執事ってこうだよ? 何がおかしいの」
「いやいや、明智さんハマりすぎ……」 言いかけて、ふきだす藤守さん。
「明智くんはちゃんとサマになってるよ。櫻井さん、今日だけは『お嬢様』って呼んでもらったら?」
小野瀬さんも必死になって笑いをこらえている。
「いかがなさいますか」
明智さんが私に向って聞く。
「ええと……」
「お名前に『様』をつけてお呼びすることも可能です」
流れるような問いかけに圧倒されてしまう。
「お、お、お嬢様で結構です」
「では、お嬢様で」
「は、はい」
「ではお嬢様、本日はすべてを明智にお任せくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
(明智さん、意外に負けず嫌いだからな……よほど、さっきの如月さんのお母さん発言が癪に障ったんだな)
私はひそかにため息をついた。
「お嬢様、さっそくですが、何か御用は?」
「えっ、な、ないですよ!」
私は慌てて首を振る。
「明智さんといえば、お茶じゃないの? おやつの時間にしよう」
小笠原さんがさっと私と明智さんの間に入る。
「おやつになさいますか? お嬢様」
「俺、今日はコーヒーじゃなくて、紅茶がいい」
なぜか小笠原さんがお嬢様のように即答した。
明智さんは一応、その返答にも頷いてから、私に再度問いかける。
「お嬢様はいかがなさいますか?」
「お、同じでいいです……」
「あと、おやつはスコーン。クロテッドクリームはカロリーが高いから、ジャムをつけて」
なおも要求を繰り出す小笠原お嬢様。
「翼お嬢様は?」
「お、同じでいいです……」
「かしこまりました」
(……すごい。小笠原さんのほうが完璧にお嬢様だ)

「お茶の説明をさせていただきます」
ソファーセットのテーブルにティーセットを並べた明智さんが全員に向かって言う。
「は、はあ」
「本日のお茶菓子は左側からプレーンのスコーン、紅茶のスコーン、オレンジのスコーン。そしてラズベリージャムです」
お皿が私の前に置かれる。
「紅茶は本日3種類の用意がございます。ミルクティーがお好きならアッサム、香りのあるウバ、濃いめのストレートティーが良ければダージリンが良いかと」
「ウバがいい」
またもや小笠原お嬢様が堂々と言い放つ。
「小笠原。お嬢様が先だろう」
「お嬢様にすすめた」
「……じゃあ、ウバで……」
お茶を選ぶと明智さんは深々と一礼した。
「ご用意してまいります」
そう言うとお茶を淹れに行く。
その姿を見送りながら、小野瀬さんが嘆息する。
「藤守くん、聞いてもいい?なぜ、職場でスコーンがすぐ出てくるんだ?」
「そこの冷凍庫にストックがあるんですよ。レンジで温めれば食べられるやつ」
「なるほど。やっぱり、夜食をたかるのはココに限るな」
ほどなくして紅茶が用意された。
無駄のない動きで熱いお茶をカップに注ぐ明智さん。
「熱いのでお気をつけて、お召し上がりください」
(い、いいのかな……)
戸惑いながらお茶とスコーンをいただく。
しかしながら、スコーンを一口かじった瞬間、その戸惑いはすべて消えた。
「うわあ、このスコーン、すごくおいしい……! 紅茶もいい香りですね。これなら、執事喫茶に行く必要ないです!」
「相変わらずウマ~~」
「市販のスコーンはパサパサして苦手だけど、明智さんが作ったやつは食べられる」
みんな、もくもくとスコーンをかじり、紅茶を飲んでいる。
その様子を彼は満足そうに眺め、そして私に向かって一礼した。
「おかわりをどうぞ、お嬢様」
自然すぎる明智さんの執事姿に、私は少しの間見惚れてしまった。

至れり尽くせりの一日が終わり、帰り道。
「ご満足いただけましたらば……」
私は慌てて明智さんの言葉をさえぎる。
「もう、敬語はやめてくださいよ。会ったばかりのころを思い出します」
そう言うとやっと明智さんが笑顔になる。
「ははは。そういえば、最初はそうだったな」
「やっぱり、まーくんは笑ってくれているほうが好きです」
「そんなに無表情だったか?」
「最初に会った頃と同じくらい」
「そうか。……なら、今から普通にしよう」
私たちはどちらからともなく、手をつなぐ。
「まーくんが負けず嫌いなのは、今に始まったことじゃないけど、今日はすごかったね」
「そうか?でも、ちょっとだけおもしろかったな」
「最初はみんな、大笑いしてたけど、今日のお茶とスコーンには喜んでたよ。きっと、まーくんは最高の執事になるね」
「じゃあ、お前が雇ってくれよ。給料はいらないから」
彼がそう言って、私の指を自分の手のひらの中で弄ぶ。
「うん……でも、私は執事より、彼氏でいてくれるほうが嬉しいな」
そう答えると、彼は少し驚いたような顔になり、それから真赤になりながら、優しく微笑んでくれた。
まるで、最愛のお嬢様をお出迎えしてくれる執事のように。

まーくん。
もしも、まーくんが執事だったら、
きっと完璧だね。
けど、執事とお嬢様じゃ結婚できないから、
駆け落ちするしかないかな?
そのときは、いっしょに逃避行だよ。

<END>