アブナイ恋の捜査室 ノベル

-1日執事編- 藤守賢史

やれやれ、やっと仕事に戻れる。
「室長、私、保管倉庫の片付けに行ってきますね」
「はい、いってらっしゃい。よろしく」
机の上に置いてあったファイルをまとめて抱え上げる。
すると、さっと誰かが出入り口のドアを開けてくれた。
「ひとりじゃ大変やろ。俺も手伝ったるわ」
藤守さんが親指を立てて、半分しかできていないウィンクをする。
「え、藤守さん、いいんですか? お仕事忙しいんじゃ」
「忙しいけど、たまには後輩の面倒もみてやらんとな」
「? はあ、じゃ、お願いします」
(仕事中には女扱いしない! とか言ってるのに、珍しいな)
廊下に出ると、すぐに彼は私の腕からファイルを奪い取り、代わりに持ってくれる。
おかしい。
デートのときは必ず荷物を持ってくれるけど、仕事中は絶対にそんなことしないのに。
「お前、執事喫茶に行きたかったん?」
私が怪しんでいると、彼がいきなり聞いてきた。
「あ、でも、ものすごく行きたいとかじゃないですよ。機会があれば行きたいな、くらいで」
「やっぱり行きたいんやんけ」
「すみません……男の人から見たら、引きますよね」
「執事がなんぼええんか、知りませんけどね、っていうか、どこがええんか、知りませんけどね。一家に一台、賢史くんですよ? 賢史くんは働き者ですよ?  チャーハン、お好み焼き、焼きソバまで作りますよ? お前、その賢史くんを差し置いて、なんで執事やねん? そこを聞きたいわ」
「誤解ですよ。執事が欲しいんじゃなくて、私は優雅なカフェで甘いお菓子やきれいな花に囲まれてお姫様のような午後を過ごしたい、と願っているだけです」
(……でも、男の人には分かりにくいかな、この気持ち)
「せやったら、なんで執事喫茶やねん。執事は要らんやん。花屋で茶飲んだらええやん」
「ですから……何というか、執事がいると優雅な気分になれるんですよ。お嬢様気分というか」
「ほー、そうなん! 要するにお嬢様気分が味わいたいっちゅーことやね?」
「はあ」
だんだん面倒くさくなった私は適当に返事をした。
「せやったら、今日は俺が、お前の、いや、お嬢様の執事になってあげてもええで」
「え? お、お嬢様って……!」
その提案に私は驚いた。
「ボクが今日はお嬢様の執事を務めますので、お姫様気分をどうぞご満喫ください」
「あの……お嬢様は止めてくれませんか?」
「それは出来ません。あと、敬語もなし」
「そんなこと言われても……」
(賢史くん、絶対に執事が何をする人か知らないと思う)
しかし、それは口には出さず、ぐっと飲み込む。
(妙なことになっちゃったなー)
返答に困っているうちに保管倉庫に着いた。
藤守さんがサッとドアを開き、私を中へ入れる。
「どうぞ、お嬢様!」
廊下を通りかかった警察官がギョッとした顔で私たちを見る。
「どうかなさいましたか、お嬢様?早くお入りください」
「は、はあ」
背中を押され、私は倉庫に押し込まれた。

「何かして欲しいことはないですか? お嬢様」
「そう言われても、すぐには出てきませんよ」
私は資料を倉庫の棚に片付けながら、曖昧に答える。
(困ったなあ。まさか先輩に仕事を言いつけることもできないし)
「そうか? 何でもええんやぞ」
「そんなこと言われても……あ、そうだ。この資料が入った箱なんですけど、向こうへ動かしてもらっていいですか?」
「そんなことなら、お安いご用や!」
紙がたくさん入ってる箱を、彼はひょいと簡単に持ち上げる。
「どの棚に運ぶんです? お嬢様」
「奥の棚です」
「了解です、お嬢様」
「そのお嬢様は、絶対なんですね……」
「執事やからな」
資料を棚まで運んでもらい、さっそく片付けようと手を伸ばすと……。
「俺がやるからええよ」
「え? でも……」
「俺はお嬢様の執事。しっかり働くでぇ!」
「申し訳ないですよ」
「まぁまぁ。お嬢様はのんびりして下さい」
「藤守さん……じゃあ、お言葉に甘えますね」
(力仕事はお任せして、私は細かい整理をしよう)
「あ、でも、どれをどこにという指示は教えてくれるか?」
「はい、もちろんです」
(バラバラにされたら大変だし……)
私が指示を出すと、その通りに藤守さんがどんどん資料をしまっていく。
「おい、これはどこや?」
「向こうの棚ですね。上から2段目だったはずですよ」
「お、ここか」
「手に持っているもうひとつの本は隣の棚です」
「お前、良く覚えてるな」
「インデックスがついているから、簡単ですよ」
「それでも俺は無理やわ」
肩をすくませ、どんどん資料を片付けていく。
(すごい……!速い!)
「よし、これで全部やな」
「ありがとうございました」
「今日の俺は執事やからな。さあ、次は何しましょう?」
「そんなに簡単に、して欲しいことなんてないですよ」
「まあ、そりゃ確かにそうだ。でも何かないか?」
「して欲しいこと……」
私は腕組みをしてちょっと考え込んでしまう。
確かに執事は女子の憧れ。
もしも執事がいるならば、やってみてほしいことが無いわけじゃないけど……。
「マッサージとか、お茶淹れたりだとか、そういうのはどうや」
「賢史くんってお茶、淹れられましたっけ?」
「ペットボトルから注ぐ」
彼は堂々と答える。
「……無理してやらなくても良いですよ」
「いや! それは駄目や!」
「そうですか? なら……あ! 蛍光灯の付け替えをお願いします」
「よしきた!」
彼はすぐに倉庫を出て行った。

そして、10分後、新しい蛍光灯と脚立を抱えて戻ってきた。
「賢史くんは~~♪ 働き者~~♪ ワオ! 大阪で生まれて育ったの~~♪ ワオ!」
彼は腕まくりをして自作の歌を口ずさみながら、さっそく脚立に登る。
「すみません。ここの天井は高いから、私じゃ怖くって」
「さっそく、執事の賢史くんにお任せや!」
「そうですね。こういう作業は手伝ってくれると本当に助かります。ちなみに、出来れば、執事じゃない時も手伝って欲しいです」
「それは要相談やのー」
蛍光灯を付け替えながら彼は小さな声を立てて笑う。
「よし、これで新しいのを付け替えてっと……さすがにちょっと疲れたな」
「じゃあ、それが終わったらお茶にしましょうか」
「お茶か。ハードル高いのー。淹れ方から勉強や」
「私が淹れるから大丈夫です」
「そんなことやったら、この執事企画の意味がないやん」
「でも、疲れたって言ったじゃないですか」
「俺は大丈夫! 今日はお前の執事やから」
「藤守さん……」
「お嬢様、どうぞお気遣いなく」
脚立を下りると、恭しく頭を下げた。
「なんなりとお申し付け下さい」
「でも、今度こそ何もありませんよ」
「そんなことないよ。何もないことはないやろ」
「どうして、急に標準語?」
「何でもいいから、言ってみたらどうだい?」
「何でも、ですか?」
「ほら、あるやん。こういうときに、必ず出てくるお約束の台詞が」
「? 何だろう?」
本当にわからない。
「たとえば……」
少し腰を曲げた藤守さんのくちびるが、私の耳元へ。
「ずっと傍にいてほしい」
「っ!」
一瞬、耳がくすぐったくて、ドキッとする。
「……とか? とかとか?」
彼は笑顔で私の手をとる。
つられて、私も笑顔になる。
「そうですね。でも、執事はそれが当たり前なんですよ」
「そうか」
藤守さんの手にそっと自分の手を重ねると、優しく掴まれた。
「俺なりのことしか出来へんけど、捜査室に戻ってお茶にしよか」
「はい、よろしくお願いします」
「ペットボトルから注ぐだけでもええ?」
「賢史くんなら、用意してくれるだけで十分嬉しいです」
「そうか。お前、さては俺にめっちゃ惚れてるな?」
彼は私に向かって人差し指を向けて、得意げに顔を上に向けた。

カップはいつも使ってる私のマグカップ。
お茶はペットボトルのウーロン茶。
だけど、味よりも賢史くんの気持ちが嬉しいよ。
でも、今日は執事というより、日曜日のお父さんだったかな?
それから。
執事じゃないときも、どうかお手伝いしてください。
主に家で。

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