アブナイ恋の捜査室 ノベル

-1日執事編- 如月公平

(ほっ。これでやっと、仕事に戻れる)
私がキーボードの入力を始めようと袖をめくった瞬間、如月さんが勢いよく手を挙げた。
「はい! 先生、はい!」
「はい、如月くん」
室長がボールペンで指す。
「彼女の逮捕記録更新を記念して、ここはひとつ、執事喫茶イン捜査室をやりませんか」
(えー!? もう忘れてー! お願いー!)
私は声にならない叫びをあげた。
ちょっとうれしいかもしれないけど、先輩たちにそんなことはさせられない。
「却下。執事はこんなに大勢要らない」
明智さんがばっと顔をあげる。
「クジにすればいいじゃないですかー」
「そうね。如月にしては名案だわ。ま、安上がりな企画だし、それ、やりましょうか」
室長がいつになくワルノリしてきた。
「クジ、できたよ」
小笠原さんがコヨリをみんなに差し出す。
「何よ、小笠原、珍しいじゃない。あんたが集団行動に参加するなんて」
「赤いシルシがついていたら、当たり。年の功で三十路ペアから引いたら?」
「三十路ペアというのは、俺とルイルイのことか?」
小野瀬さんが苦い顔をする。
「ルイルイ言うな!」
すかさず室長がスポーツ新聞を小野瀬さんめがけて投げる。
「お前のツッコミはそこか!」
「じゃあ、若者から先に引くということで、如月から」
小笠原さんが如月さんの鼻先にコヨリをつきつけた。
「すみません、お先しまーす」
如月さんが先輩たちに頭を下げながら、クジを引く。
そして、次の瞬間。
「よっしゃああ!」
彼がぐっとガッツポーズをする。
「来たア! オレの時代が!」
「普通にクジに当たっただけやんけ」
藤守さんの冷たいツッコミを無視して、彼はくるくるとその場で回った。
「じゃ、室長、召使い役をお願いします!」
「はあ!?なんでよ!」
室長が目をむく。
「だって、執事は召使を従えるものなんですよ」
如月さんの恐れを知らぬ発言に捜査室中が凍る。
「召使いというより、すでに使い魔のランクだけど、使いこなす自信あるの?」
小笠原さんがますます余計な口出しをする。
すると、如月さんは拝むようにして手を合わせ、こう言った。
「自信ありませんけど、こういう企画なら室長が入ってたほうが盛り上がるじゃないですか。室長、お願いしますよー。ちょっとだけでいいですからー」
「しょうがないわねー。ちょっとだけよ」
意外にもアノ室長があっさりと承諾。
(えーっ!? こ、これ、何かあるんじゃ……)
焦る私をよそに、如月さんが目を輝かせながらお辞儀をする。
「お嬢様、本日はわたくし如月公平がお世話させていただきます!」
「なんなりとご命令を?」
如月さんの後ろに立ちはだかる室長。
顎をなかば上げて私を見下ろしている。
(こ、怖い……こんなに主を恫喝する召使がいるものだろうか……)
「よ、よろしくお願いします……」
私のほうが深々と頭を下げるほかない。
「如月くん、穂積は用心棒のほうが向いてるんじゃないの?」
ここで小野瀬さんのナイス助け舟。
「私も、そう思います……」
「だから……頼りになるかと思って……」
如月さんも迷い始めている。
なぜなら。
室長からはすでに黒いオーラが立ち上っているのだから。
「俺がかわりになろうか?」
けれど、小野瀬さんの提案に如月さんが激しく頭を振る。
「だめです! 小野瀬さんは絶対ダメ!」
「どうして、穂積は良くて俺はダメなの?」
「小野瀬さんが召使いの場合、何でも完璧すぎて、オレが要らなくなるからダメです!」
「で、俺ならいいと?」
室長が片方の頬だけを持ち上げて、首を傾ける。
(室長、笑ってない笑顔だ……)
「そうじゃないですけどー!」
「あかん、両脇を三十路の悪魔にとられた」
「だから、忠告したのに……」
小笠原さんと藤守さんがコソコソ囁き合う。
「如月、俺に命令するんだろ? おら、命令しろよ」
室長が如月さんの頭をガッとつかむ。
「す、すみませ……よろしければ、ちょっとあちらでお休みいただけますか?」
「おう。じゃあ、何かあったら言え」
室長はノシノシと自分の机に戻り、仕事を再開した。
(あの召使いは完全に人選ミス……)
「では気を取り直して……ところで、今日一日、お嬢様とお呼びしてよろしいですか?」
如月さんは咳払いをして、自分の胸に手を当てながら聞いた。
「あ……じゃあ、お願いします」
「お伺いが遅れ、大変失礼いたしました。よろしくお願いします、お嬢様」
深々と彼が礼をする。
(あれっ? 意外に執事っぽい……)
「今日一日は何でもお申し付けください」
私が黙っているので彼が不思議そうな表情で小首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません」
そう言うと少しして如月さんは笑顔になった。
「では、お茶を淹れます」
「お願いします」
如月さんが給湯室に行こうと踵を返したとき、明智さんが声をかけた。
「如月。ティーバッグをぶちこんだ紅茶じゃなくて、茶葉から淹れろよ」
「エ」
彼がその場で固まる。
「如月さん、どうしました?」
「オレ、茶葉から淹れたことない……」
「……いっしょに行きましょうか……」
私は苦笑して、席を立った。

結局、ふたりで給湯室へ行き、お茶を淹れる準備をすることに。
私は棚から紅茶の缶と、ティーポットを取り出した。
「私はいつも、まずポットに水を入れて、さっとレンジで温めます」
「なんでそんなことすんの?」
如月さんは心底不思議だという顔をして聞いてきた。
「冷えたポットにお湯を入れるとすぐ冷めちゃうからですよ。紅茶の適温は95度ですから」
「へーえ」
「あと、茶葉の分量について教えますね。基本はティースプーンに人数分でいいんですけど、ウチは人数が多いので、一杯だけ余分に入れます」
私がスプーンで茶葉をすくおうとすると、彼がサッと止めた。
「私がやりますよ、お嬢様」
「そうですか? じゃあ、お願いします」
「よーし」
けれど、茶葉をすくう彼の手が緊張でぶるぶる震えている。
「あの、別にこぼしても平気ですから」
「お気遣いは無用です、お嬢様」
「はあ」
彼は慎重に茶葉をポットの中に入れ終わると、ホーッと嘆息した。
「できました?」
「茶葉ってティーバッグに比べると、すっごい高いんですよね、お嬢様」
私は思わず沈黙した。
(もしかして、茶葉だと高くて、ティーバッグだと安いと思ってるのかな……)
「き、気を取り直して、次の作業へ移りましょう。では、沸騰したお湯を注いでください」
「うん」
彼は電気ポットのお湯を勢いよく、ポットに注ぎいれた。
……が、目測を誤って縁のところにお湯が当たり、私の手の甲へ飛んでしまう。
「熱……!」
「ごめん! すみません、お嬢様!」
如月さんは慌てて水道をひねり、私の手を水に当てた。
「大丈夫!? 熱くない!?」
「平気ですよ」
私は笑って水から手を出した。
「こんなのお料理してたら、普通です。それに、ほら、もう何とも無いですし。庶民の皮膚は頑丈ですから」
私が手を見せると、彼はお湯がかかって少しだけ赤くなっている指をとった。
そして、まるで貴婦人にするように捧げ持って、ちゅっとキスをする。
「あなたはオレのお嬢様です。手にケガなんかさせたくありません」
「えっ」
「お嬢様はもう、オフィスに戻っていてください。あとはオレがやっておきますから」
彼がにっこりと微笑む。
「わ、分かりました……」
私はドキドキしながら、その場を離れてオフィスに向かった。
(何だか、さっきのすごく執事っぽかった……ダ、ダメだ! 仕事中なのに、また執事妄想しちゃいそう!)

こーちゃん。
今のところ、お茶を淹れるのはあんまり上手くないけど、
もしかしたら、執事の素質があるかもね。
時々、ビックリするくらいドキドキしちゃうので、
あんまり妄想させないでください。

<END>