アブナイ恋の捜査室 ノベル

-1日執事編- 小笠原諒

(ほっ。これでやっと、仕事に戻れる)
私が資料作成を始めようと袖をめくった瞬間、如月さんが勢いよく手を挙げた。
「はい! 先生、はい!」
「はい、如月くん」
室長がボールペンで指す。
「彼女の逮捕記録更新を記念して、ここはひとつ、執事喫茶イン捜査室をやりませんか」
「えーっ、もういいですよ! その話!」
私は慌てた。
ちょっとうれしいかもしれないけど、先輩たちにそんなことはさせられない。
「却下。執事はこんなに大勢要らない」
明智さんがばっと顔をあげる。
「クジにすればいいじゃないですかー」
「そうね。如月にしては名案だわ。ま、安上がりな企画だし、それ、やりましょうか」
室長がいつになくワルノリしてきた。
「クジ、できたよ」
小笠原さんがコヨリをみんなに差し出す。
「コヨリって、懐かしいわね」
「赤いシルシがついていたら、当たり。年の功で室長から引いたら?」
小笠原さんが室長にコヨリの束を差し出す。
「年の功なら、小野瀬御大からだろ」
「俺とお前の年の差は1ヵ月だろ? そして、俺も引かないといけないのか?」
小野瀬さんが呆れ顔。
けれど、室長はまったく怯まない。
「引かせてやるよ」
「……」
小野瀬さんは納得できないという顔でクジを引く。
続いて室長が嬉々として小笠原さんの手からコヨリを引き抜く。
「ははは! 小野瀬、ハズレてやんの!」
「お前もな」
「……よし、こい!」
続いて明智さんが引く。
「ハズレ! じゃ、俺が引くでえ」
藤守さんは腕まくりをしてまで引いたけど、コヨリの先は真っ白。
「藤守さんもハズレということは、俺だ!」
如月さんが最後に勢いよく引いたけれど、やっぱりハズレだった。
「ということは……」
全員が小笠原さんを見る。
すると、彼は渋々といった顔で自分の手に残ったコヨリの赤いシルシを私に見せた。
「あんまり期待しないで」
開口一番、そう言われる。
「は、はい」
「で? 何をすれば良い?」
彼がメガネを光らせる。
「い、いきなり始めるんですか?」
「クジを引いた瞬間から、俺は君の……じゃなくて、えっと……」
何かを思い出すように、小笠原さんは視線を上に向ける。
「小笠原さん?」
「……そう、お嬢様だ」
「え!? 呼び方まで変えるんですか?」
「執事だから」
「そ、そうですか」
「だから、お嬢様のためにお仕えしなきゃいけないんだ」
言っていることは分かるけど、小笠原さんの表情が気になる。
(明らかに乗り気じゃないよね)
「お嬢様、何考えてるの?」
「いいえ、何も」
「じゃあ、俺に何か命令して」
「気持ちはありがたいんですけど、そんなにすぐには、して欲しいことも見つかりませんよ」
それに、私にはもうひとつ気になることがあった。
(小笠原さんにパソコン以外の仕事をさせたら、余計な仕事を増やしそうで……)
その姿が簡単に想像出来て、思わず苦笑いしてしまう。
「して欲しいことが見つかったら、声かけますから」
「それじゃあ意味がない」
「だけど……」
「お嬢様は、俺のこと信用していないの?」
「そうじゃないですよ」
「じゃあ命令して」
(なんとなくおかしな会話だなあ……)
「えっと、じゃあ……」
小笠原さんに出来ることを考え抜いて、ひとつだけ良いことを思いついた。
「傍にいて下さい」
(隣の席だし、とりあえず隣で静かに仕事していてくれたら、それが一番助かる……)
「……それだけ?」
彼は小首をかしげた。
「はい。傍にいるのも、執事の仕事だと思いませんか?」
「確かに執事はいつも傍に寄り添うものだけど」
「じゃあ、私の傍にいて下さい。それがお願いです」
「分かった」
納得してくれたようで、小笠原さんは自分の席に座った。
(よかった……これでしばらくは仕事できる)
と思ったのも束の間、彼は椅子ごと歩いてきて、私の横にぴったり寄り添った。
「あの……小笠原さん?」
「寄り添う」
「仕事は……」
「大丈夫」
彼の膝にはノートパソコンが置かれていた。
「……」
視線を感じて振り返ると、明智さんがハラハラしながら、こっちを見守っている。
そして、あとの全員は声を出さずにひっそりと爆笑していた。
「これで万全。何かあったら、いつでも言って」
「……分かりました」
小笠原さんの視線を感じながら、デスクワークにいそしむ。
けれど、5分としないうちに彼が話しかけてきた。
「ねえ」
「はい。何でしょう」
「……ヒマ」
「……じゃあ、何か話でもしましょうか」
「でも、俺は何も話のネタなんかない」
「じゃあ、えーと……小笠原さん、よく執事をするって案に賛成しましたね」
「……お嬢様に、いつも世話になってるから」
「その気持ちだけで、私は十分嬉しいですよ」
「それだけじゃあ足りない。俺は……僕は、君にいつも迷惑かけてばかりだから」
すると、正面に座っている明智さんが目を見開く。
「……!」
その顔には、”小笠原がそんな殊勝なことを考えられるまで成長したなんて!”と書いてある。
「今、まさに迷惑なんだけどねー」
室長がぼそりと突っ込む。
「でも、小笠原さん、変わりましたよね。いい意味で」
一応、フォロー。
「そう?」
首を傾げる小笠原さんに、大きく頷いてみせた。
(人のために何かしようなんて、出会った頃の小笠原さんからは想像も出来なかったよ)
口にすると怒るだろうから、この気持ちは胸に仕舞っておく。
「……お嬢様がそう言うなら、変わったのかも」
「はい、変わりました」
「そっか……そうなんだ」
彼は少し顔を赤くしながら微笑んだ。
「私も、もっと成長しなきゃいけないって思うんですけどね」
「……お嬢様は、今のままで十分素敵だと思う」
「あ、ありがとうございます。でも、ちょっと褒めすぎかな……?」
ストレートに褒められて、カーッと頬が熱くなる。
「別に、本当のことだし」
「ところで、さっきから気になることがあるんですけど」
「何?」
「小笠原さん、さっきからお嬢様って呼ぶ時すごく間が開きますよね。言いにくいなら、無理しなくて良いんですよ」
そう言うと、彼は大きく首を振った。
「それは嫌だ。絶対にちゃんと執事として仕事する」
「そこまで意地にならなくても」
「意地になんかなってない」
そう言ってる顔が強張っていて、意地になってるのが分かる。
(本当に別にいいのにな……執事じゃなくても、こうしてお隣にいるだけで)
「仕事も一段落したし、少し休憩しましょうか」
「うん」
「私、お茶用意しますね」
「待った」
「え?」
「今日は俺が執事として動くから、お嬢様はここにいて」
「だけど……」
「俺に頼んでよ」
彼の目は真剣。
けど、ちょっと心配。
「……大丈夫ですよね?」
「俺にだってそれくらい出来る!」
やけになっているような口調で、小笠原さんは給湯室へと消えた。
(本当に大丈夫かな?)
ハラハラしていると、明智さんがガタンと席を立った。
「明智さん?」
「トイレ」
明智さんはぶっきらぼうにそう言って、外へ出て行った。
「はあ。いってらっしゃい」
お母さんよろしく、小笠原さんの執事としての仕事が不安で、落ち着かない。

しばらくすると、小笠原さんは木製のお盆を持って戻ってきた。
「はい、お嬢様。お待たせ」
「これは……」
「京都にあるお店のお茶」
彼は得意げに言って、胸を張る。
「爽やかな良い香りですね」
「うん。すごくまろやかな味なんだ」
「これ、小笠原さんが用意したんですか?」
「ああ。煎茶くらいなら入れられる」
「じゃあ、さっそくいただきますね」
湯飲みを受け取り、一口を味わうように飲む。
「すごく美味しい……! 本当に飲みやすい味ですね。小笠原さんの執事としての腕、甘く見てました。本当にすごいです」
「俺だってやれば出来る」
そう言う小笠原さんの後ろに、疲れきった表情の明智さんが見える。
(……明智さんが教えたのね……)
「本当ですね、小笠原さん」
「もちろん」
彼は一仕事成し遂げた、という顔で胸を張ったけど、すぐに後ろから室長の怒声が飛ぶ。
「つーか、お前は何をお茶一つ入れるのに三十分もかかってんだ、コラ!」
「……あ、室長の分、忘れた」
「ウソつけ! 最初から淹れる気ねえだろ!」
室長のげんこつが彼の頭の上に落ちた。

諒くんに執事なんて無理だと分かってたけど、
そんな不器用なところも好きだよ。
それに、煎茶、本当に美味しかった。
でも、もう少しマジメに仕事したほうがいいかな……

<END>